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18 性の悦び・不感症 結婚生活

結婚生活における性の問題はとても重要です。結婚生活を語るときこの問題は避けて通れません。ただ現在はあまりにも性の情報が氾濫していて、いまさら性について書くのもはばかられるくらいです。
 
しかし、性があまりにも肉体的、生理的に取り扱われていますので、私の言える範囲で正しく述べてみたいと思います。
 
性行為といえば肉体的技巧と言わんばかりに伝えられていますが、はっきり「心の問題」と言えます。
 
愛を感じない人との性行為は、実にむなしく、行為の途中でも止めてしまいたくなりますし、終わったあとですごく相手が嫌になり、すぐ身体を離してしまいたくなりますが、これは性の悦びは正に愛情の問題であり、その人との一体感であることがよくわかります。
 
心というものは肉体へどのような影響もおよぼすということは、すでにかなり知られていることなのですが、ことに性に関しては、心の複雑で微妙な働きが作用するところでありますから、その人の思いや潜在意識を考慮しないで語ることは出来ないのではないでしょうか。
 
とくに不感症の問題など、現われの結果だけを見て「私は不感症だ」とか「お前は不感症だ」とか決め付けることは、絶対してはいけないことと言えます。
 
不感症になる、(正確には不感症だと思い込んでいる)原因は千差万別あるのでしょうが、ここに不感症になるパターンをいくつか挙げてみます。
 
女性はきめ細やかな感情をもっていますし、さらに羞恥心も強いですから、性行為のとき、猛烈な反抗と性感に対しての抑圧が働き、悦びどころではない人もいると聞きます。
 
またまだ夫に心からなじんでいない場合なども、心から自分のすべてを捧げることに抵抗を感じ、性的な悦びを抑制することもあり得ます。これらは女性の男性に「打ち負かされまい」とする無意識的反抗が不感症となって現われていると言えます。
 
別の例を挙げてみますと、夫とのさまざまないきさつから、夫との性行為を避けようと努めている場合もあります。
 
この「夫の愛情を受けまい」とする潜在意識の働きも肉体的に現われると不感症という姿をとります。
 
また潔癖症の人のなかには性行為ははしたないことであり、そんな行為で快楽を味わうことは恥ずべきことと思っている人もいると聞きます。こうした人は自ら感覚を抑圧して、むりやり不感症になっているといえます。
 
もう一つ例えを挙げますと、過去の恋愛感情をズーと引きずっていて、自分の心をまだ清算しきれないでいる人などにも、無意識的抑圧が働き不感症になるとも言われています。これらを一言で言うと「夫へ愛情をささげることへの反抗」といっていいと思います。
 
どんなはしたない行為でも、夫婦という人間関係においては恥ずかしくもなく、惨めでもなく夫婦の一体感の悦びを表わす許される行為と受け取るべきではないでしょうか。
 
夫に心から一体感を感じられるようになった時、不感症の問題は解消され、すばらしい悦びを得られるものと確信します

 

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