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16 女性なるもの 結婚生活

女性が社会で立派な仕事をすることと、家庭でよき妻であることとは全く別の問題です。
 
かつては男性だけの職場であった所へも、最近は女性が進出しそのめざましい働きぶりは、生き生きとしてすばらしいものを感じます。まさに男性と肩をならべるそのパワーと権威は男性といささかも変わりません。
 
しかし、社会的な女性の立場と家庭あるいは結婚生活における女性の立場は違います。
家庭や結婚生活では仕事を立派にこなすこと以上に人間関係の調和が第一に求められるからです。
もっと簡単に言えば家族、夫婦が幸せになることが一番だからです。
 
かつて、ある有名な女流作家であり、評論家である女性が離婚したのですが、その夫は「妻は自由にならない女性だが、××子は自分の自由になる女性だから、自分は××子を愛している」と言ったと新聞に書いてありました。
一方その女流作家は夫が自分から離れていったことを知って女性らしく泣いたそうです。
 
これは女性が社会的に立派であることと、幸せな家庭を築くこととは別問題であることを表わしています。
 
家庭の中で男女が同じ権利をもつということは、一つの舟に二人の船頭がいることと同じです。まとまりがつかなくなります。
 
妻がすなおに夫を受け入れて、夫の要求に従ったときに子を産むことが出来るように肉体的、生理的な構造になっています。これは古代も現代も変わらぬ真理です。
 
この真理より見るとき結婚生活における人間関係では、
妻がすなおに夫に従うとき、調和が生まれるということが普遍の真理と言えます
 
結婚における女性の幸せは、男女平等の理論を家庭で表わすことではなく、この「女性なるもの」の本質を表わすことなのです。
 
夫と妻という特殊な人間関係では、生々しい遠慮のない感情が交流します。社会における人間関係とは根本において違います。
 
自分が立派であっても、夫がさみしく物足りない思いでいたのでは結婚生活に歪みが生じます。結婚生活での人間関係の自然なそのままの姿は女性が「女性なるもの」を生きることなのです

 

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公開日:
最終更新日:2018/08/21

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